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千葉地方裁判所 平成4年(行ウ)8号 判決 1996年12月25日

全事件原告

全労連・全国一般労働組合千葉地方本部

右代表者執行委員長

池ノ谷忠敏

平成四年(行ウ)第八号事件原告

池ノ谷忠敏

平成四年(行ウ)第二二号、

千葉県私立学校教職員組合連合

平成六年(行ウ)第二四号事件原告

右代表者中央執行委員長

黄木修悦

右原告ら訴訟代理人弁護士

柴田睦夫

(他一〇名)

平成四年(行ウ)第二二号、平成六年(行ウ)第二四号

鈴木守

事件原告ら訴訟代理人弁護士

全事件被告

千葉県

右代表者知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

吉原大吉

右指定代理人

倉田憲生

(他三名)

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  平成四年(行ウ)第八号事件

被告は、原告全労連・全国一般労働組合千葉地方本部(以下「原告一般労組千葉地本」という。)及び原告池ノ谷忠敏(以下「原告池ノ谷」という。)に対し、それぞれ四〇〇万円及びこれに対する平成四年六月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  平成四年(行ウ)第二二号事件

被告は、原告一般労組千葉地本及び原告千葉県私立学校教職員組合連合(以下「原告私教連」という。)に対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  平成六年(行ウ)第二四号事件

被告は、原告一般労組千葉地本及び原告私教連に対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成六年一〇月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者

原告一般労組千葉地本及び原告私教連(以下「原告ら組合」という。)は、千葉県内のローカルセンターである千葉県労働組合連合会(以下「千葉労連」という。)に加盟する労働組合である。

原告池ノ谷は、原告一般労組千葉地本の執行委員長であり、かつ、千葉労連の議長である。

2  千葉県地方労働委員会の労働者委員の選任処分等の経過

(一) 平成二年の選任処分

(1) 千葉県知事は、労働組合法(以下「労組法」という。)一九条の一二第三項の規定に基づく第三三期労働者委員の任命に当たり、同法施行令二一条一項の規定に基づき県内のみに組織を有する労働組合に対し、労働者委員候補者を平成二年六月一五日までに推薦するよう、同年五月二二日付け第一〇四六二号千葉県報に登載することにより求めた(<証拠・人証略>)。

原告一般労組千葉地本は、同月ころ原告池ノ谷を労働者委員として推薦した。

千葉県知事は、同年七月一一日、労働者委員の定数五名について千葉労連とは別の系統組織である日本労働組合総連合会千葉県連合会(以下「連合千葉」という。)傘下の労働組合の推薦した候補者を選任し(以下「平成二年の選任処分」という。)、原告池ノ谷を選任しなかった。

(2) 原告一般労組千葉地本と同池ノ谷は、平成二年の選任処分について、同年九月七日付けで行政不服審査法(以下「行審法」という。)に基づく異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をしたが、千葉県知事は平成三年七月一〇日付けで右申立てを却下する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。

(二) 平成四年の選任処分

千葉県知事は、第三四期労働者委員の任命に当たり、県内のみに組織を有する労働組合に対し、労働者委員候補者を平成四年六月一五日までに推薦するよう、同年五月一二日付け第一〇六六四号千葉県報に登載することにより求めた(<証拠・人証略>)。

原告一般労組千葉地本は平成四年六月一二日原告池ノ谷を、原告私教連は当時の執行委員長北山繁(以下「北山」という。)を、それぞれ労働者委員として推薦した(<証拠略>)。

千葉県知事は、同年七月一三日、労働者委員の定数五名について連合千葉の推薦した候補者を選任し(以下「平成四年の選任処分」という。)、原告池ノ谷及び北山を選任しなかった。

(三) 平成六年の選任処分

千葉県知事は、第三五期労働者委員の任命に当たり、県内のみに組織を有する労働組合に対し、労働者委員候補者を推薦するよう、千葉県報に登載することにより求めた(<人証略>)。

原告一般労組千葉地本は平成六年六月ころ書記長の小関正信(以下「小関」という。)を、原告私教連は同年五月二四日執行委員長の黄木修悦(以下「黄木」という。)を、それぞれ労働者委員として推薦した。

千葉県知事は、同年七月一三日、労働者委員の定数五名について連合千葉の推薦した候補者を選任し(以下「平成六年の選任処分」といい、平成四年の選任処分と合わせて「本件各処分」という。)、小関及び黄木を選任しなかった。

3  原告一般労組千葉地本と同池ノ谷は、本件決定の取消しの訴え(当庁平成三年(行ウ)第二七号)を提起し、その関連請求として損害賠償の訴えを提起し、原告ら組合は本件各処分の取消し及び損害賠償の訴えを提起したが、それぞれ委員の任期が終了して次期の労働者委員が選任されたことから、右各取消しの訴えについてはいずれも取り下げた。

二  被告の本案前の主張

本件各損害賠償の訴え(以下「本件各訴え」という。)は、いずれも不適法な訴えとして却下されるべきである。

一般に、抗告訴訟と併合提起された関連請求に係る訴えが、抗告訴訟が不適法として却下すべきものであるなど、併合要件を満たさなくなるため、不適法な訴えとなる場合には、受訴裁判所は、原則として、併合された関連請求に係る訴えを独立の訴えとして抗告訴訟と分離した上、自ら審判する等すべきこととなる(最高裁昭和五九年三月二九日第一小法廷判決、判例時報一一二二号一一〇頁)。しかし、右関連請求の訴えが、抗告訴訟と同一の手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的として提起されたものと認めるべき特段の事情の存するときは、例外的に、その関連請求に係る訴えは不適法として却下されるべきものである(福岡地裁昭和六二年六月三〇日判決、判例時報一二五〇号三三頁)。

原告らの訴訟の実質的な目的は原告ら組合が推薦した候補者を労働者委員として任命することを求めるところにあり、本件決定及び本件各処分の取消しを求める訴えこそが訴訟の核心、眼目というべきものであり、他方、本件各訴えにおける損害については、組合の団結にとって必要な信用ないし名誉を毀損されたと主張するのみであって、具体性を欠いている。それゆえ、本件各訴えは各抗告訴訟の付随的なものにすぎず、抗告訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、併合審理を受ける限りにおいて意味があるものといえる。

したがって、各抗告訴訟が原告適格を欠き不適法な訴えである以上、本件各訴えは、前記特段の事情がある場合に該当するものとして、却下されるべきである。

三  本案に関する争点

1  本件決定の違法性

2  本件各処分の違法性

3  本件決定及び本件各処分による原告らの損害及びその額

四  原告らの主張

1  争点1について

(一) 千葉県知事は原告ら(原告一般労組千葉地本及び同池ノ谷をいう。以下争点1に関する主張及び判断において同じ。)が平成二年の選任処分について異議申立適格がないとの理由で本件決定をしたものであるが、原告らには以下の理由で労組法上異議申立ての利益と適格があると解されるから、本件決定は労組法の解釈を誤ったもので違法である。

(1) 行審法上の異議申立適格の問題は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)上の原告適格の問題と同様に考えられるところ、右原告適格の有無の判断基準としては、当該処分を定めた実定法規の趣旨如何に関わりなく、行訴法上裁判による救済に値する実際上の不利益があるか否かによってその有無を判断しようとする裁判的保護利益説と、実定法規が保護することを意図しているかどうかという諸法規の法意によって原告適格の有無を判断しようとする法的保護利益説とに大別されるが、国民が国家権力の全てを掌握した現代国家においては、法の認める権利の侵害に限らず、行政権の違法な活動からくる不利益を受忍するいわれはないこと、司法国家においては、全ての行政処分に対する裁判審査請求権が市民のいずれかに留保されるべきであることなどからすれば、裁判的保護利益説がより妥当である。

右裁判的保護利益説の基準によれば、労働者委員を推薦した労働組合は、推薦を受けた者が労働者委員に任命されることにつき重大な関心と利害を有し、それは労働者委員の任命につき一般国民や個々の労働組合員又は推薦しなかった労働組合が持つ利害とは明らかに区別された特別に重要なものであることは明らかであるから、その推薦に係る候補者が任命されなかった場合に、選任処分の取消しを求める原告適格及び右処分に対する異議申立てをする申立適格を有する。

(2) 仮に法的保護利益説に立ったとしても、以下の理由で原告らの異議申立適格は肯定される。

ア 労働者委員候補者推薦制度の意義は、労組法が法律上の制度として組合の推薦という制度を設けていること及び労働組合の実態に鑑み、委員の任命につき推薦する労働組合にその意思を反映する利益を認めることにあると解される。

イ 労組法一九条一項の「労働者を代表する者」とは、労働者の中に歴史的沿革的に厳然たる意見の対立又は系統が存在してきたことから、労働者内部で相対立している多様な意見・系統の利益が公平・公正に労働者委員の構成に反映されることをいうものと解すべきである。

また、労組法は、定員の半数以下であることを条件に同一の政党に属する者を公益委員に任命し得ると定めており(一九条の一二第四項)、公益委員についてさえも中立的な第三者であることを要請してはいないのである。したがって、労働者委員の構成には、公益委員以上に労働者の多様な意見・系統の利益を公平・公正に反映させなければならないはずである。

ウ さらに、昭和二四年七月二九日労働省発労第五四号各都道府県知事あて労働次官通牒「地方労働委員会の委員の任命手続について」(以下「二四年通牒」という。)や労組法一九条の一二第四項が、同法一九条の一二第三項及び労組法施行令二一条と共に、一つのまとまった法体系を形成している構成要素であることに着目するならば、これらの関連法規の関連規定が保護する利益も、労組法が「法律上の利益」として保護しているものと解すべきである。

この二四年通牒は、「労働者委員については特に次の点に留意すること」として、「総べての組合が積極的に推薦に参加するよう努めるとともに、推薦に当つては、なるべく一組合から委員定数の倍数を推薦せしめるよう配慮すること」「委員の選考に当つては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によつては地域別等を充分考慮すること。なお委員についてはなるべく所属組合をもつものであるよう留意するとともに労働組合法第二条但し書第一号の規定に該当しない者であること」と規定している。この趣旨は、労働者委員が同一系統の労働組合の出身者である場合には、相容れない系統の労働者に対しては任務を全うできないし、右労働者も救済されないという実情から、労働者委員の選考に当たっては、労働者委員の系統を基本とし、産業別、地域別も考慮して、広範な労働者の主張に理解を示すための受け皿を用意する体制を整えることにある。これを労働組合側から見ると、労働者委員候補者の推薦権は、労働者一般の利益のために候補者を推薦する権利ではなく、当該労働組合の主張を十分理解することのできる候補者を推薦する権利であり、その推薦権は正に当該労働組合の利益保護を実質とする権利である。

このように、労働組合の推薦権は法的に保護された権利であるから、推薦された者が適切な考慮の対象とされなかった場合には、推薦した労働組合は、この手続的権利の意味における推薦権を侵害されたものとして、権利の救済を求め得る。

本件においては、原告一般労組千葉地本が推薦した候補者は、形式的には労働者委員の推薦候補者ではあるが、三期六年以上の長期間にわたり特段の理由を示されないまま委員に選任されなかったのであるから、実質的には選任候補者としては扱われていなかったことになる。したがって、原告一般労組千葉地本は、推薦した候補者が千葉県知事の任命権の行使過程において適切な考慮の対象とされなかったという意味で、推薦権侵害を根拠に異議申立てをする適格を有する。

また、原告池ノ谷は、千葉県知事の任命権の行使過程において適切な考慮の対象とされていたならば労働者委員として確実に任命されていたであろう立場にあったのであるから、具体的・現実的な期待権を侵害されたものとして、異議申立ての利益を有する。

(3) さらに、行審法における異議申立ては、国民に対して広く不服申立ての道を開くことによって、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図ることが目的であるから、異議申立適格は原告適格よりも広く認められるべきものである。それゆえ、仮に原告らに原告適格が認められない場合でも、異議申立適格まで否定されると考えるべきではない。

(二) 本件決定には以下のような手続違背の違法がある。

(1) 適正手続違背

本件異議申立ての審理を担当したのは、労働者委員の任命処分を担当した千葉県商工労働部労政課(以下「県労政課」という。)であった。そこで、原告らは、処分を担当した部局と審理を担当する部局が同一では公正な審理が期待できないとして審理担当部局の変更を求めたが、そのまま同課が審理を強行した。かような不公正な審理をしたことは、著しく適正な手続を欠くものとして違法である。

(2) 釈明義務違反

県労政課は、審理において、原告らに異議申立適格がない旨の指摘や、原告らがその点の主張をどうするかについての釈明を一切しなかった。かような審理そのものに係る事項につき何らの釈明をしないまま決定をしたのは、釈明権不行使の違法がある。

(3) 意見陳述の機会の剥奪

県労政課は、原告らが要求したにもかかわらず意見陳述の機会を与えなかった。これは申立人に意見陳述の機会を与えなければならないとする行審法四八条、二五条一項ただし書に反して違法である。

2  争点2について

労組法上、地方労働委員会の労働者委員は、労働組合の推薦に基づいて、都道府県知事が任命することとされている。そして、右任命の基準として、二四年通牒において労働者委員の構成は系統別の組合員数に比例させる旨要請されている。

そして、千葉県地方労働委員会労働者委員の選任に関しては、昭和三八年(第一九期)から昭和六三年(第三二期)まで一貫して千葉県労働組合連合協議会三名、全日本労働総同盟千葉地方同盟(以下「千葉地方同盟」という。)二名という形の選任がされており、これが慣行化していた。右期間において千葉地方同盟の組合員が占める割合は全体の二〇パーセント台を占めていた。

ところが、連合千葉が設立されて以降の平成二年(第三三期)からは、労働者委員はすべて連合千葉が独占するようになった。しかし、平成四年当時の連合千葉の労働組合員数一七万七〇〇四人、千葉労連の組合員数五万五〇二〇人で、平成六年当時の連合千葉の労働組合員数一八万四四八二人、千葉労連の組合員数五万六〇二四人であり、千葉労連の組合員が占める割合はいずれも全体の約二三パーセントであったから、労働者委員の定数五名を二四年通牒及びこれまでの慣行に従って配分していれば、昭和六三年までと同様、平成四年には原告池ノ谷及び北山の二名、平成六年には小関及び黄木の二名がそれぞれ労働者委員として選任されたはずであった。

しかし千葉県知事は、かような系統を全く無視し、連合千葉の推薦者で労働者委員を独占させた。これは、千葉労連への不公平かつ差別的な取扱いであって、以下に述べるように労組法、憲法一四条、二八条、ILO条約、国際人権規約及び二四年通牒に反する違法なものであり、また、裁量権の逸脱がある。

(一) 労組法違反

労組法が労働委員会制度を設けているのは、団結権を侵害された労働者や労働組合に対し迅速かつ実効性のある救済を実現するためであり、右制度において使用者委員、労働者委員、公益委員の三者構成が採られているのは、労使の内情に詳しい労使委員が関与することで労使紛争の自主的な解決を促進し、その上で公益委員が判断することで公正と実効性を担保し得るためである。かような制度上、労働者委員は、当事者たる労働者や労働組合の要求と権利主張の根拠を十分に理解し、その利益を貫く役割が期待されている。また、前記1(一)のように、労組法上労働組合には労働者委員の推薦権が保障されていると解され、このことは任命権者に労働者間で現実に相対立している多様な利害状況を労働者委員の選任に反映させる義務を負わせるものといえる。

以上の労働委員会の制度趣旨及び労働組合の推薦権からは、労働者委員が救済申立てをする労働組合の実情に精通し、深い信頼関係を保ち得ることが必要なこと、そのような体制に整えるために、労働者委員は可能な限り系統を反映して選出されるべきであることが必然的に導かれる。

それゆえ、系統別を全く無視して選任を行った本件各処分は、右のような労組法の解釈を誤り、これに違反したものである。

(二) 憲法違反

(1) 憲法一四条違反

労働者委員の選任処分に際しては、各候補者を平等に取り扱うべきであり、複数の潮流がある場合には各潮流の候補者を平等に取り扱う義務がある。しかし、本件各処分においては何らの合理的理由もなく連合千葉からのみ独占的に労働者委員を選任したのであり、これは千葉労連推薦の候補者ゆえに不合理な差別をしたものといえる。

したがって、本件各処分は平等原則を定めた憲法一四条に違反する。

(2) 憲法二八条違反

千葉県知事は、本件各処分により、労働者委員を連合千葉に独占させ、反連合を差別・排除し、弱体化をねらった支配介入をしたといえる。また、反連合系の労働組合は、本件各処分により、労働委員会への参画の道を全く閉ざされ、組合や組合員の団結権侵害に対する救済手段として労働委員会を利用することが困難になった。

したがって、本件各処分は、原告ら組合の団結権を侵害したといえるから、労働者の団結権を保障した憲法二八条に違反する。

(三) ILO条約違反

(1) ILO第八七号条約(昭和四〇年六月二八日条約第七号結社の自由及び団結権の保護に関する条約、以下「ILO条約」という。)二条は、「労働者…は、…自ら選択する団体…の規約に従うことのみを条件としてこれに加入する権利をいかなる差別もなしに有する」と規定するところ、平成六年第八一回ILO総会におけるILO条約勧告適用専門家委員会の「結社の自由と団体交渉」において、右条文の解釈として、複数組合が存在する場合、少数派組合に対する組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠な手段を奪う結果を持つことになるような区別は、労働者の労働組合選択に不当な影響を及ぼすものであって、本条に違反するとの報告がされている。そして、組合員の職業上の利益を擁護することの例示として、「個々の苦情申立ての場合に彼らを代表すること」を挙げているのである。また、同報告では、複数の団体間で特定の団体のみを優遇したり差別することがあってはならないとしている。

本件各処分においては、労働者委員から反連合系労働組合からの推薦者を排除することによって、組合員の職業上の利益を擁護するための不可欠の手段を奪い、反連合系労働組合を差別している。それゆえ、本件各処分はILO条約二条に反し違法である。

また、本件各処分は、原告らの団結権を侵害するものであり、この意味でも同条に違反する。

(2) ILO条約三条二項は、公の機関は、労働組合の自主的計画策定権を制限し又はその合法的な行使を妨げるようないかなる干渉をも差し控えなければならない旨規定する。本件各処分による原告ら組合の排除は、原告ら組合の自主的計画策定権に干渉するものであり、同条項に違反する。

また、ILO条約八条二項は、国内法令は、この条約に規定する保障を阻害したり、阻害するように適用してはならない旨規定する。本件各処分は、ILO条約で保障する原告ら組合の団結権や自主的計画策定権を阻害するように労組法を適用したものであるから、同条項に違反する。

(四) 国際人権規約違反

(1) 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第六号、以下「国際人権規約A規約」という。)八条一項は、すべての者が自ら選択する労働組合に加入する権利、労働組合が国内の連合又は総連合を結成し加入する権利及び労働組合が自由に活動する権利を認め、また、同規約二条は、この規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するために、自国における利用可能な手段を最大限に用い、右権利をいかなる差別もなしに保障することを定めている。

本件各処分による原告ら組合の排除は、右各条項に反する違法なものである。

(2) また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号、以下「国際人権規約B規約」という。)二二条は、労働組合を結成し、これに加入する権利を認めており、また、同規約二条一項、二六条は、法の下の平等を定め、政治的意見その他の意見による差別を禁止している。

本件各処分による原告ら組合の排除は、右各条項に反する違法なものである。

(五) 二四年通牒違反

二四年通牒は、「労働者委員については特に次の点に留意すること。…委員の選考に当つては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によつては地域別等を充分考慮すること」と定めており、これは行政内部の指針であるから、行政庁は、当然それに拘束され、右通牒を指針として行政処分をすべきである。したがって、右通牒を無視して行われた本件各処分は違法である。

(六) 裁量権の逸脱

労働者委員の選任に関する千葉県知事の裁量は、労働者委員制度において労働者の利益を代表できる人物を選任すべき要請があること及び労働組合に複数の潮流が存在することから、各潮流の利益を代表し得るような人物を選任するに当たり、各潮流の中で誰が妥当かを判断するという限度でのものである。そして、各潮流の利益を代表するためには、二四年通牒が規定するように各潮流の組合員数に比例した労働者委員の任命が最も妥当であるから、原則的には右通牒に従うべきである。さらに、労働者委員の選任に当たって、公正な手続の下で判断すべきである。

しかし、本件各処分は、労働者委員の任命の権限を知事に付与した目的、趣旨及び二四年通牒に反し、反連合系組合員の労働者委員を排除するという不当な目的に基づくものであるから、裁量権の範囲を逸脱し違法である。

3  争点3について

(一) 本件決定による損害

本件決定により、原告一般労組千葉地本は、その潮流を代表する労働者委員の任命を受けられなかったことにより、労働委員会において参与委員を得て十分に審査手続に参加する手続的権利及び法的権利を奪われた。また、原告一般労組千葉地本の推薦した候補者が全く審査の対象とすらも扱われなかったことは、まともな単産と評価されなかったことを意味し、原告一般労組千葉地本の社会的評価が著しく傷つけられた。また、同様に、原告池ノ谷も千葉労連の議長としての名誉を著しく毀損された。右の損害は、右原告ら各自につき三〇〇万円を下らない。

さらに、本件決定により、原告一般労組千葉地本及び同池ノ谷は、訴訟を提起せざるを得なくなり、右原告ら代理人に着手金及び報酬として原告一人当たり一〇〇万円を支払う約束をした。

したがって、本件決定により原告一般労組千葉地本及び同池ノ谷が被った損害は、各自につき四〇〇万円を下らない。

(二) 本件各処分による損害

本件各処分により、原告ら組合は、以下に述べるような権利を侵害されたことによって、社会的名誉・信用を著しく傷つけられた。

(1) 団結権侵害

本件各処分は、連合千葉系統の労働組合を有利に扱い、千葉労連系統の労働組合を不利益に扱うものであり、原告ら組合の団結権を侵害した。

(2) 期待権、参与利益の侵害

本件各処分により、原告ら組合は自らが推薦した候補者が労働者委員に選任されて労働者委員として有益な活動をしてくれるという期待権を奪われ、かつ原告ら組合の組合員が労働委員会に対し不当労働行為救済申立て又はあっせん申立てをした場合に、原告ら組合の労働者委員に参与してもらい、自らの主張を正当に反映させる利益を侵害された。

(3) 労働委員会利用権の侵害

本件各処分により、労働者委員が連合千葉から推薦された者で独占され、原告ら組合は労働委員会を通じて労働者・労働組合の権利・利益の擁護を図る上で著しい支障を来した。

本件各処分により原告ら組合が被った損害は、平成四年及び平成六年の各選任処分ごとに原告ら組合各自につき一〇〇万円を下回ることはない。

五  被告の主張

本件決定及び本件各処分はいずれも適法である。

1  争点1について

(一) 本件決定の判断は正当である。

平成二年の選任処分について、候補者である原告池ノ谷及び推薦した労働組合である原告一般労組千葉地本は異議申立てをする法律上の利益を有しない。すなわち、労組法は、労働委員会の権限の行使に際し労働者の利益が反映することを所期しているとはいえ、その利益とは労働者一般の正しい利益であって特定の労働組合の利益ではなく、労働委員会が労働者及び使用者の正しい利益を踏まえて公平適正にその権限を行使することを期待しているのであり、労働組合の労働者委員推薦の権限なるものは、特定の労働組合の利益のために認められたものではなく、労働者一般の利益のために認められたものであるというべきであるから、特定の労働組合から立候補した候補者の中から労働者委員が任命されず、他の労働組合が推薦した候補者の中から労働者委員が任命されたからといって、当該労働組合の法的利益が侵害されたものということはできない(大阪高裁昭和五八年一〇月二七日判決、労民集三四巻五・六号八七四頁)。また、同様の理由で、労働組合の推薦の権限は推薦された特定の候補者の利益のために認められたものではないから、当該候補者の法的利益が侵害されたということはできない。

(二) 本件決定の手続に何ら違法は存しない。

(1) 行審法上、異議申立ては処分庁に対して行い、処分庁が不服を処理することになっているから、処分を担当した部局が異議申立ての審理を担当しても不公正な審理をしたことにならない。

(2) 異議申立ての審理中に、当該異議申立人が申立てをする法律上の利益を有するか否かについて指摘したり釈明したりする必要はない。

(3) 異議申立てを不適法として却下すべき場合には、意見陳述の機会を与える必要はない。また、千葉県知事は、平成三年三月二五日原告らに対し、行審法二五条による口頭の意見陳述の機会を与え、原告池ノ谷らは実際に意見を陳述した。

2  争点2について

(一)(1) 労組法が労働委員会についていわゆる三者構成をもって組織するとした趣旨は、労使それぞれの私的利益の主張を直接取り入れるためではなく、労働争議のあっせん・調停・仲裁や不当労働行為等の判定に際し、労使それぞれの主張を通して当該事件についての労使の利害を明らかにして客観的に妥当な解決を図ろうとすることにあると解するのが相当であり、いわゆる系統別の利害・意向をそのまま労働委員会の運営に取り入れることを同法が本来予定しているとは解されないというべきである。

また、原告の主張する推薦権というものは認められない。

(2) 本件各処分に際しては、推薦候補者個人をその推薦組合によって差別的に取り扱った事実はないし、任命行為は個別の組合に対する行為ではないから、憲法一四条に定める平等原則に反するとはいえない。

また、不当労働行為としての支配介入は使用者の組合活動に対するものをいうから、労働者委員の任命行為は任命されなかった候補者の推薦組合に対する支配介入には該当しないし、憲法二八条の適用範囲は使用者対被使用者の関係に立つものに限定される(最高裁昭和二四年五月一八日大法廷判決、刑集三巻六号七七二頁)ので、同条に反するとはいえない。

(3) ILO諸機関の意見や報告は、専門的な権威ある意見として、各国政府に対し、その報告等の趣旨に沿った国内労働法の整備や労働政策の是正等を要望する趣旨のものということはできても、そこで採られた解釈がILO条約を解釈する際の法的拘束力ある基準として法源性を有するものではない。

また、労働者委員の任命行為は労働組合やその連合体の団結権に影響を与えるものではないし、本件各処分が原告ら組合の計画策定権を侵害することはありえない。

(4) 二四年通牒は、知事がその裁量により委員を任命する際に考慮の要素となるものを例示し、労働事務次官から都道府県知事あてに通達されたものであり、知事がその趣旨を踏まえ、他の要素の中の一つの考慮の要素として総合的に勘案し、適任と考えられる者を任命することはあっても、選任基準となり得るものではない。

また、通達等は一般には法規としての性質を持つことはないのであるから、これに沿わない行為があったとしても、当不当の問題になり得ても違法となることはない。

(二) 労組法は、地方労働委員会の労働者委員については、労働組合の推薦に基づいて都道府県知事が任命するとし(一九条の一二第三項)、その欠格事由(一九条の一二第四項、一九条の四第一項)を定めるのみで、その他には任命基準として何ら規定を置いていない。これは、右以外の要件についてはすべて任命権者の自由裁量に委ねる趣旨と解される。それゆえ、推薦のあった候補者が任命の対象とされていた以上は、当該推薦された候補者のうちの何人かが委員に任命されなかったとしても違法ではなく、裁量権の範囲内における当不当の問題を生じるにすぎないものである。

本件各処分に際し、千葉県知事は原告ら組合が推薦した候補者を任命の対象としていたのであるから、裁量権の逸脱はない。

第三判断

一  本案前の主張について

1  行訴法において取消訴訟に関連請求に係る訴えの併合が認められている(同法一六条~一九条)のは、訴訟手続が異なるため本来併合が許されないものであっても、同一の処分に関連する争訟は併合して審理することにより、類似の手続の重複や裁判の矛盾抵触を避け、迅速な解決に資するためであると解される。そうすると、行政処分の取消しの訴えに関連請求に係る訴えとして通常民事訴訟に属する訴えが当初から併合提起されたり、追加的に併合提起された場合に、右取消しの訴えが不適法であり、行訴法の定める併合の要件を欠いているとしても、併合提起された右の訴えがそれ自身として適法なものであれば、右訴えが取消請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるものでない限り、これを独立の訴えとして取り扱うのが相当であり、そうすることが訴訟経済の要請にも合致するというべきである。

2  本件各訴えは、本件決定及び本件各処分の取消訴訟の関連請求としてそれぞれ併合提起されたものであるが、訴えそれ自身として不適法なものとはいえず、また、原告らは、本件決定及び本件各処分により原告ら組合の推薦者を労働者委員から排除されたことによって権利侵害を受けたと主張して、損害賠償を請求しているのであって、被告が主張するように、その実質的な目的は専ら原告ら組合が推薦した候補者を労働者委員として任命することを求めるところにあり、取消請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提としていると断定し得るものではない。したがって、本件各訴えについては前記例外の事情が存するとはいえないから、これを不適法として却下することはできない。

以上と異なる被告の主張は採用することができない。

二  争点1について

1  まず、本件決定において原告らに異議申立適格がないと判断したことが、労組法の解釈を誤った違法なものか判断する。

(一) 現行法制の下における行政上の不服申立制度は、原則として国民の権利・利益の救済を図ることを主眼としたものであり、行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立てに基づく国民の権利・利益の救済を通じて達成される間接的な効果にすぎないものと解すべきであることからすれば、行政庁の処分に対し不服申立てをすることができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消し等によってこれを回復すべき法律上の利益を持つ者に限られると解すべきである(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決、民集三六巻九号一六七九頁)。

(二) 労組法上、労働委員会は使用者委員、労働者委員及び公益委員各同数をもって構成され(一九条一項)、このうち労働者委員は、労働組合の推薦に基づいて、中央労働委員会については内閣総理大臣(一九条の三第二項)、地方労働委員会については都道府県知事が任命するものと規定されている(一九条の一二第三項)。そして、右推薦制度において、<1>推薦を行う労働組合の資格について、中央労働委員会と地方労働委員会の性格に応じた組織の地域的規模を定めている(労組法施行令二〇条一項、二一条一項)以外には、労組法二条及び五条二項の規定に適合する旨の証明書の添付が求められているだけであり、<2>内閣総理大臣又は都道府県知事において右資格を有するすべての労働組合に対し労働者委員の候補者の推薦を求めなければならないものとされているわけではないし、<3>一つの組合の推薦する候補者の数に何ら限定はなく、<4>労働者委員に推薦される者は、労働者の立場を代表する者であれば足り、現に労組法上の労働者(三条)でなくてもよく、その者を推薦した労働組合の組合員でなくてもよいと解される上、<5>任命された後は、労働者委員は労働者全体の代表として職務を行うものであると解される。

右のような労働者委員候補者の推薦制度に照らせば、労働組合に認められた右候補者の推薦は、当該労働組合及びその組合員の利益のためというより、労働者全体の利益を擁護するにふさわしい労働者委員を選任し、その労働委員会における活動を通じて、労働者の地位を向上させることに寄与し、労使関係の対等かつ安定した秩序の形成を促進するという公益の実現のためにあるものと解するのが相当である。したがって、労組法は個々の労働組合に当該組合及びその組合員の利益を代表する者としての労働者委員候補者の推薦権を付与するものとは解されず、たとえその推薦した候補者が労働者委員に任命されたことによって当該労働組合又はその組合員に何らかの固有の利益がもたらされることがあったとしても、それは、右推薦制度の所期する労働組合に固有の利益であるとみることはできず、法律上保護された利益には当たらないというべきである。そして、労組法は労働組合の推薦を受けない者を労働者委員に任命してはならないという限度で任命権者の任命権の行使に制約を課しているにすぎず、その意味で被推薦者が労働者委員として任命を受け得る資格を持つというのにとどまり、かような地位はいまだ法律上保護された個別具体的な利益とはいい得ない。

(三) 原告らは二四年通牒の存在を強調するが、通達は、行政組織内部における指示事項であって(国家行政組織法一四条二項)、特に法令の委任を受けて発せられたものでない限り法規としての性質を有するものとは解し得ず、二四年通牒は、特に法令の委任を受けたものではないから、法規としての性質を有しない。したがって、二四年通牒の存在をもって原告らの異議申立適格を基礎づけ得るものとは解し得ない。

そうすると、原告らは異議申立適格を有しないとした本件決定の判断に違法はない。

2  次に、本件決定の手続に違法があるか判断する。

(一) 地方労働委員会の労働者委員の任命は都道府県知事の権限とされている(労組法一九条の一二第三項)ところ、被告においては、千葉県行政組織条例(昭和三二年九月一〇日条例第三一号)九条四号により、知事の権限に属するもののうち労働に関することの事務を処理するための組織として商工労働部が置かれ、千葉県組織規定(昭和三二年一一月一六日規則第六八号)一三条により、同部労政課が地方労働委員会に関する事務を分掌することとされ、千葉県処務規定(昭和三一年六月一六日訓令第一〇号)一〇条により、同課の課長は労働者委員の推薦に関する事務の専決を認められている(<証拠・人証略>)。

処分をした行政庁に上級行政庁がないとき、異議申立ては処分庁に対してするものとされ(行審法三条、六条)、右のとおり、被告においては県労政課が地方労働委員会に関する事務を分掌することとされているのであるから、千葉県知事が本件異議申立てを審理するに当たり、県労政課がその担当部局として調査に当たるのは、被告の組織規定上当然のことであり、何ら不公正かつ違法な手続ということはできない。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(二) 申立人の釈明のいかんにかかわらず、申立適格を欠くため当該不服申立てが不適法である場合には、釈明を求める必要はない。

本件異議申立ては右の場合に当たるから、釈明権不行使の違法があるということはできない。

(三) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、本件異議申立ての審理に際し、原告らの意見陳述期日として、平成三年三月二五日午前一〇時から一二時までと予定し期日が指定されたこと、右期日に原告池ノ谷、矢野吉宏らが出頭し、審査制度や審査方法、労働者委員の選任等について口頭で意見陳述をしたこと、千葉労連事務局は同月二六日付けで右意見陳述が行われたこと及びその内容を報告していること、中央労働委員会労働者委員の任命取消訴訟共同提訴団の「第二回労働委員会の民主化をめざすシンポジウムの記録」においても千葉労連が同月二五日に意見陳述を行ったこと及び右意見陳述の内容が報告されていることが認められる。

したがって、意見陳述の機会が与えられなかった旨の原告らの主張は採用することができない。

3  以上のとおり、本件決定の違法をいう原告らの主張はいずれも採用することができない。

三  争点2について

1(一)  労組法違反の主張について

労組法が三者構成の労働委員会制度を設け、右制度において労働者委員候補者の労働組合による推薦制度を採っているのは、前示二1(二)のとおり、労使関係の対等かつ安定した秩序の形成を促進するという公益の実現のためであって、労働者委員が個々の労働組合やその組合員の利益状況を代表することまでをも同法が予定したり、期待し要請しているものと解することはできない。

したがって、労組法上労働者委員は可能な限り系統別を反映して選出されるべきことが要請されているのに本件各処分はこれに違背したものであるとする原告らの主張は、採用することができない。

(二)  憲法一四条、二八条違反の主張について

(1) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、平成四年の選任処分に当たっては、以下の経過を経たことが認められる。

すなわち、原告ら組合を含む九の労働組合から九名の候補者の推薦があり、これらの推薦に伴い、候補者全員について労働組合の推薦書、履歴書及び当該労働組合の資格証明書が千葉県知事に提出された。県労政課で候補者全員を対象として欠格事項の調査を行い、その結果及び前記書類に基づき、商工労働部長、労政課長、同課長補佐の三人で素案を作成し、その後同課で起案をして総務部と合議し、千葉県知事の決裁により、定員数の労働者委員が選任された。

さらに、弁論の全趣旨によれば、平成六年の選任処分においても、同様の手続を経て定員数の労働者委員が選任されたことが認められる。

右事実によれば、本件各処分に際し、原告ら組合の推薦候補者が選任審査の対象とされなかったものということはできない。

(2) そして、右のとおり、本件各処分は、平成四年(第三四期)及び六年(第三五期)の労働者委員をそれぞれ労働組合の推薦する候補者の中から選任したというものであるにとどまり、労働組合の推薦は、労働者委員が推薦母体たる労働組合やその組合員の利益状況を代表するためのものではないのであるから、原告ら組合の各推薦候補者が選任されなかったとしても、それは定員数を超える候補者の中から定員数の委員を任命するという処分の結果にすぎず、右のような選任結果をもって労働組合間の差別をしたものということはできない。

また、本件各処分の右のような性格からすれば、右各処分をもって千葉県知事が原告ら組合に対し支配介入をし、その団結権を侵害したものとはいえない。

(3) したがって、本件各処分が憲法一四条及び二八条に違反する旨の原告らの主張は採用することができない。

(三)  ILO条約違反の主張について証拠(<証拠略>)によれば、ILO条約勧告適用専門家委員会報告の「結社の自由と団体交渉」において、ILO条約二条に関し、原告主張のような解釈に関する記載があることを認めることができる。

しかし、本件各処分が右解釈の適用場面に当たるとする原告らの主張は、その前提において採用できないものであるし、そもそもILO諸機関のILO条約に関する意見や報告は、専門的な権威ある意見として、各国政府に対し、その報告等の趣旨に沿った国内労働立法の整備や労働政策の是正等を要望する趣旨のものということはできても、そこで採られた解釈が、ILO条約を解釈する際の法的拘束力ある規準として法源性を有するに至っているものと考えることはできない。

また、前示(二)のとおり、本件各処分は原告ら組合の団結権を侵害したものとはいえず、本件各処分の性格からすれば、これによって原告ら組合の計画策定権が侵害されたものとみることはできない。

したがって、本件各処分がILO条約に違反する旨の原告らの主張は採用できない。

(四)  国際人権規約違反の主張について

前示(二)のような本件各処分の性格からすれば、右各処分をもって原告ら主張の諸権利が侵害されたものということはできないし、差別されたものということもできない。

したがって、本件各処分が国際人権規約に違反する旨の原告らの主張は採用できない。

(五)  二四年通牒違反の主張について

前示二1(三)のとおり、二四年通牒は法規としての性質を有するものでないから、都道府県知事は、地方労働委員会の労働者委員の選任に当たり、右通牒の趣旨を踏まえ、一つの考慮事項として取り扱うべきであるということはいえても、右通牒が法的な選任規準となり得るものではなく、右通牒の趣旨に沿わない任命処分がされたとしても、それは当不当の問題にこそなれ、通牒違反というだけで処分が違法となるものということはできない。

したがって、この点に関する原告の主張は採用することができない。

2  裁量権逸脱の主張について

(一) 前述のとおり、労組法上労働者委員の選任は労働組合の推薦に基づくものとされているが、このように指名等の文言ではなく推薦という文言が用いられていることにかんがみると、都道府県知事には地方労働委員会の労働者委員の任命について裁量権が与えられているものと解せられる。

そして、労組法は、公益委員の任命については特に規定を設け、一定数以上の委員が同一の政党に属することとなってはならない旨規定しているが(一九条の一二第四項、一九条の三第五項)、労働者委員の任命については、<1>労働組合から推薦があった者で、かつ、<2>一九条の四第一項所定の欠格事由に該当しないものであることの外は、任命基準について何らの規定も置いていない。そうすると、労働組合の推薦がない者を労働者委員に任命することが許されないことは当然のこととして、労組法が労働組合による推薦制度を設けた前述の趣旨(前示二1(二))に照らせば、労働組合から推薦された者全員を審査の対象として、その中から任命権者において労働者全体の利益を擁護するにふさわしいと考えられる者を選任しなければならないから、労働組合から推薦された者の一部を全く審査の対象にしなかった場合には、右推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の逸脱があるものといわなければならない。しかし、推薦された者が審査の対象とされたと認められる以上、労働者委員の選任に当たり、推薦母体たる労働組合の系統別による委員構成が考慮されず、何期にもわたって特定の系統の労働組合の推薦候補者が全く労働者委員に任命されなかったからといって、直ちに裁量権の逸脱・濫用があるということはできない。

この点、原告らは二四年通牒に反する本件各処分は裁量権の範囲を逸脱し違法である旨主張するが、右通牒は、前示1(五)のとおり、法的な選任規準となり得るものではなく、都道府県知事の裁量権の範囲を限定し、これを拘束するものと解することはできないから、右通牒の趣旨に沿わない労働者委員の任命処分が行われたとしても、それは任命権者が自己の見識と責任において任命権を行使した結果であるというべく、その当不当の批判の問題を超え、右処分をもって裁量権の逸脱・濫用があるということはできない。

(二) 本件各処分の経緯は前示1(二)(1)に認定したとおりであり、原告ら組合から推薦された候補者が選任審査の対象とされなかったものということはできない。

したがって、本件各処分について裁量権の逸脱・濫用がある旨の原告らの主張は採用できない。

3  以上のとおり、本件各処分の違法をいう原告らの主張はいずれも採用することができない。

四  よって、原告らの各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 中村俊夫 裁判官 小池あゆみ)

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